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第4話 公爵夫人の茶会

작가: 春野ケイ
last update 게시일: 2026-10-22 20:15:42

茶会の当日、殿下は約束の時刻ぴったりに、ヴァレンティ家の玄関へいらした。

釦はすべて留まっていて、髪も整えられている。私の手を取って馬車に乗せてくださる仕草は、婚約したばかりの頃のように丁寧だった。

「今日は、シア様のお加減はよろしいのですか」

「ああ。……今日は、君との約束だからな」

殿下はそう言って、窓の外に目を向けた。どこか得意げな横顔だった。

私は膝の上で手を重ねて、心の中で時間を数えた。ルカの魔力調整は、三つ目の鐘が鳴る頃から始まる。茶会が始まるのは二つ目の鐘。少しだけなら、ご挨拶をしてから出られるはずだ。

マルグリット公爵夫人のお屋敷の庭には、秋咲きの薔薇が見事に咲き揃っていた。

長いテーブルには十人ほどの夫人や令嬢が並び、焼き菓子の甘い香りが漂っている。

「まあ、殿下。ヴァレンティ嬢も。ようこそいらしてくださいました」

白髪をきれいに結い上げた公爵夫人が、扇を傾けて微笑んだ。この方は社交界でいちばん耳が早いと、王子妃教育の先生がおっしゃっていた。

殿下と並んで席につくと、向かいの伯爵夫人が身を乗り出した。

「お二人が揃っていらっしゃるのは、久しぶりですわね」

「最近、殿下はローレン嬢のお見舞いでお忙しいと伺っておりましたけれど」

くすくすと笑い声が漏れる。殿下の肩が、わずかに強張った。

「シアは幼なじみだ。体が弱いのだから、気にかけるのは当然だろう」

「ええ、ええ。殿下はお優しくていらっしゃるから」

扇の陰で交わされる目配せの意味は、私にはよくわからなかった。

お茶を一杯いただいて、公爵夫人のお庭の薔薇をひととおり褒めた頃、遠くで三つ目の鐘が鳴った。

私はカップを置いて、静かに立ち上がった。

「公爵夫人。たいへん申し訳ございませんが、私はこれで失礼いたします」

テーブルの会話が、ぴたりと止まった。

「まあ。何かご用事が?」

「はい。幼なじみのルカ・ノーランが、今日の午後に魔力の調整を受けるのです。付き添うと約束しておりますので」

「ノーラン……宮廷魔術師の?」

「はい」

隣で、殿下が勢いよく顔を上げた。

「待て、エレナ。今日は俺がエスコートしているんだぞ」

「はい。ここまで送っていただいて、ありがとうございました」

「そういうことではない。婚約者を置いて、他の男のところへ行くつもりか」

声が大きかったので、奥の席の令嬢たちまでこちらを振り向いた。

私は首を傾げた。殿下は、お忘れになってしまったのだろうか。

「殿下に教わりましたので」

「……何?」

「病弱な幼なじみを優先するのは、当然なのですよね。ルカは小さい頃から体が弱くて、今もときどき魔力の調子を崩すのです。ですから、殿下のお言葉の通りに」

しん、と庭が静まり返った。

どこかで、誰かの扇が閉じる音がした。

殿下の顔が、さっと赤くなった。それからみるみる白くなった。口が開いて、けれど言葉は出てこない。

当然だとおっしゃったのは、殿下ご自身だ。だから、何もおっしゃれないのだろう。私の理解が正しかったのだと思うと、少し誇らしかった。

「殿下も、もしシア様のお加減が悪くなったら、どうぞご遠慮なくそちらを優先なさってくださいね。私は気にいたしませんから」

そう言って礼をすると、公爵夫人が扇で口元を覆った。肩が細かく震えている。笑っていらっしゃるのかもしれない。

「……ええ、ええ。行っておあげなさい、ヴァレンティ嬢。殿下に教わったのですものね」

「はい。失礼いたします」

庭を出るとき、背中のほうでさざ波のようなささやき声が広がっていくのが聞こえた。

「殿下がそう教えたんですって」

「婚約者に?」

「まあ……」

何のお話かはわからなかったけれど、皆さん楽しそうだったので、よかったと思う。

魔術院の処置室に駆け込んだとき、調整はもう終わっていた。

細長い寝台の上で、ルカは目を閉じて横になっていた。額に汗が浮いて、唇の色が薄い。付き添いの老魔術師が、私に気づいて椅子を譲ってくれた。

「一刻ほどで目を覚まされるでしょう。それまで、お傍に」

「ありがとうございます」

椅子に座って、籠から薄荷の飴を取り出した。子どもの頃、調整のあとのルカは、決まってこれを欲しがった。

しばらくして、ルカの睫毛が震えた。

「……エレナ?」

「おはよう、ルカ。気分はどう?」

「茶会は」

かすれた声で、彼は真っ先にそれを聞いた。

「抜けてきたわ」

「殿下は、何て」

「何もおっしゃらなかったわ。きっと納得してくださったのね」

ルカは天井を見上げて、長いあいだ黙っていた。

それから、ゆっくりと腕を持ち上げて、目の上に乗せた。

「……君は、本当に」

「なあに?」

「何でもない。飴、ちょうだい」

口元にそっと飴を差し出すと、ルカは腕で目を隠したまま、小さく笑った。

◇

帰りの馬車の中で、アルベルトは一人、拳を膝に押しつけていた。

公爵夫人の茶会を中座するわけにもいかず、最後まで座り続けた。その間、夫人たちは誰ひとり、彼に直接は何も言わなかった。ただ扇の陰で、目を細めていただけだ。

今日はシアのところへ行かなかった。約束を守った。それなのに。

「なぜ、俺が置いていかれるんだ」

答える者はいなかった。

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    王宮の薔薇園は、午後になると東屋の白い柱に日が差して、いちばんきれいに見える。テーブルには、今朝焼いたレモンのフィナンシェが並んでいた。殿下は甘いものがあまりお好きではないから、砂糖は控えめにして、そのぶん皮をたっぷりすりおろした。ひと口目より先に、香りが届くように。……届けたい相手は、まだいらっしゃらないけれど。「お嬢様、お茶を淹れ直しましょうか」薔薇のアーチの向こうから、侍女のミナが声をかけてくれる。婚約者同士のお茶会に侍女は同席しない決まりなので、彼女はずっと入口で待っていてくれているのだ。「ありがとう、ミナ。でも、もう少しだけこのままで」カップの紅茶はすっかりぬるくなっていた。約束の時刻から、鐘がひとつ鳴っている。第二王子アルベルト殿下と私、エレナ・ヴァレンティの婚約が結ばれたのは、二年前の春だった。そのときに決まったのが、月に一度、この薔薇園でお茶をすること。お互いを知るための時間だと、王妃様がおっしゃった。最初の一年は、殿下はきちんといらしてくださった。お話が弾んだとは言えないけれど、私が王子妃教育で習ったことをお話しすると、黙って聞いてくださった。変わったのは、この秋からだ。先々月は「シアの熱が下がらない」。先月は「シアが朝から起き上がれない」。シア・ローレン様は、殿下の幼なじみだ。お体が弱く、季節の変わり目には必ず寝込んでしまわれるらしい。私は夜会で一度ご挨拶しただけだけれど、細い指で扇を持つ、儚げできれいな方だった。足音がしたのは、二つ目の鐘が鳴る少し前だった。「エレナ」金色の髪を乱して、殿下が東屋に入っていらした。上着の釦がひとつ外れている。急いでいらしたのだろう。立ち上がって礼をすると、殿下は座らずに、私の向かいの椅子の背に手をかけた。「すまない。今日は無理だ」「まあ」「シアがまた熱を出した。医師が言うには、今夜が山かもしれないと」今夜が山。それは大変だ。「それでは、早くお戻りにならないと」「……ああ」殿下は、なぜか少しだけ眉を寄せた。何か言いたそうに私を見て、それから目を逸らす。私はテーブルのフィナンシェを半分、ハンカチに包んだ。「よろしければ、シア様に。レモンですから、熱があるときでも召し上がりやすいと思います」「……君は」「はい」「いや。いい」包みを受け取る殿下の手は、ずいぶんと

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